回復期における回復の記録と振り返り:自宅で変化を可視化するセルフケア
はじめに:回復過程における自己理解の重要性
病状が落ち着き、日々の生活を取り戻していく「回復期」は、変化と向き合う大切な時期です。この時期、体調や気分の波を感じたり、昨日できたことが今日は難しかったり、といった経験をされることがあるかもしれません。回復の道のりは必ずしも一直線ではなく、時には立ち止まったり、後戻りしたように感じたりすることもあるのが自然な過程です。
このような回復期において、ご自身の回復過程を客観的に記録し、定期的に振り返ることは、多くの示唆と利点をもたらします。日々の小さな変化に気づき、自身の強みや対処法を理解することは、回復へのモチベーション維持や自己肯定感の向上につながります。この記事では、自宅で手軽に実践できる回復過程の記録と振り返りの方法、そしてそれがメンタルヘルスにどのように役立つのかをご紹介いたします。
回復過程の記録・振り返りがもたらす効果
ご自身の回復過程を記録し、それを定期的に振り返るという行為は、単なる日記付け以上の価値を持ちます。具体的には、以下のような効果が期待できます。
- 客観的な視点の獲得: 記録を通して、日々の感情や体調、出来事を少し離れた視点で見つめることができます。感情に流されずに、事実に基づいた自己理解を深める一助となります。
- 小さな変化や進歩への気づき: 回復期には、大きな変化だけでなく、非常に小さな変化の積み重ねが重要です。記録を見返すことで、ご自身では気づきにくい日々の進歩や、少しずつ状態が良くなっている側面に光を当てることができます。これは回復への自信につながります。
- 困難な時期のパターンと対処法の発見: どのような状況や要因が体調や気分に影響を与えるのか、また、困難を感じた時にどのような対処法が有効だったのか、記録からパターンを読み取ることができます。これにより、今後の困難に対する準備や、より効果的な対処法を見つける手がかりが得られます。
- 自己肯定感や効力感の向上: 自分がどのように回復に向けて努力し、小さな目標を達成してきたのかを記録は示してくれます。これは、「自分には回復していく力がある」「自分は状況を改善できる」という自己肯定感や効力感(自分で状況をコントロールできる感覚)を高めることにつながります。
- 将来への希望につながる: 過去の記録を見ることで、困難な時期を乗り越えてきたご自身の軌跡を確認できます。これは、たとえ現在一時的に状態が思わしくなくても、「これまでも乗り越えてきたのだから、きっと今回も大丈夫だ」という希望を持つ力となります。
自宅でできる回復過程の記録方法
特別な道具や場所は必要ありません。普段お使いのノートや手帳、あるいはパソコンやスマートフォンのアプリなど、ご自身にとって最も手軽な方法で始めることができます。
いくつかの記録方法をご紹介します。ご自身のライフスタイルや好みに合わせて、取り組みやすいものを選んでみてください。
1. 回復ジャーナル(日記形式)
日々の出来事、その時の気持ち、体調、考えたことなどを自由に書き出す方法です。
- 記録内容の例:
- 今日の気分を言葉や簡単なスケール(例:10点満点で何点か)で表現する
- 体調の変化(睡眠時間、食欲、体の重さなど)
- その日できたこと、取り組んだこと(些細なことでも構いません。例:着替えた、散歩に行った、誰かと話したなど)
- 困難だったこと、悩んだこと
- その困難に対してどのように感じ、どう対処したか
- 感謝していること、嬉しかったこと、面白かったこと
- 考えたこと、気づき
- 書き方のヒント:
- 毎日決まった時間(例:寝る前など)に書く習慣をつけるのが理想ですが、無理のない範囲で取り組みましょう。
- 体裁を整える必要はありません。正直な気持ちをそのまま書き出すことが大切です。
- 箇条書きでも、文章でも、絵や図を交えても構いません。
- ネガティブな感情や考えも抑え込まずに書き出すことを自分に許可しましょう。書き出すことで整理され、少し楽になることもあります。
- 頻度: 毎日数分でも、週に数回でも、ご自身のペースで継続することが最も重要です。
2. 簡易的なログ(指標記録)
特定の指標に絞って、日々簡単な記録をつける方法です。変化を視覚的に捉えやすいのが特徴です。
- 記録する指標の例:
- 睡眠時間(何時に寝て何時に起きたか、質はどうか)
- 活動レベル(簡単なスケールで、例:10段階で今日はどのくらい活動的だったか)
- 気分の点数(例:10段階で今日はどのくらい気分が良いか、または落ち込んでいるか)
- エネルギーレベル(例:今日はどのくらいエネルギーがあったか)
- 特定の症状(例:不安感の有無や程度、体の痛みなど)
- 誰かと交流したかどうか
- 記録形式の例:
- 市販の手帳やノートに表を作成する
- パソコンの表計算ソフト(Excelなど)やスマートフォンの記録アプリを使用する
- グラフ化することで、日々の変動や長期的な傾向を視覚的に捉えやすくなります。
- 頻度: 毎日、決まった時間に記録することが推奨されます。
3. 出来事リスト
特に印象に残った出来事や、回復において重要だと感じた瞬間などをリストアップする方法です。
- 記録内容の例:
- 「〇月〇日:△△ができた!(小さな成功体験)」
- 「〇月〇日:□□という困難があったが、〜〜という方法で乗り越えた」
- 「〇月〇日:◎◎さんとの会話で心が軽くなった」
- 「〇月〇日:久しぶりに好きな△△を試してみた」
- 記録形式: ノートの特定のページにリスト形式で書き加えていく、カードに書いて溜めていくなど。
- 頻度: 定期的に(週に一度や月に一度など)これまでの期間を振り返りながら、印象的な出来事を追記します。
回復過程の振り返り方
記録をつけることと同じくらい、あるいはそれ以上に大切なのが、その記録を「振り返る」時間を持つことです。
- 見返す頻度: 週に一度、月に一度など、定期的に記録を見返す時間を作りましょう。
- 見返す際の視点:
- この期間に、体調や気分、活動量などにどのような変化があっただろうか?(良い変化だけでなく、悪くなったと感じる変化も含む)
- どんな時に調子が良く、どんな時に調子が悪かっただろうか?そこに何かパターンはあるか?
- 困難を感じた時、自分はどのように感じ、どのように対処しただろうか?その対処は有効だったか?
- この期間に新しくできるようになったこと、以前より楽になったことはあるか?(どんなに小さくても)
- 自分が頑張ったこと、乗り越えたことは何だろうか?
- 自分の強みや、回復を支えてくれるものは何だろうか?
- 記録を見て気づいたことから、次に試してみようと思うことはあるか?
- ポジティブな側面に意識を向ける: 回復期は困難も伴いますが、振り返りの際には、回復に向かっている側面、改善された点、ご自身の頑張りや強み、周囲からのサポートなど、ポジティブな側面に意識的に目を向けることが、自己肯定感を育む上で非常に重要です。
- 困難な記録を見た時の対処: 過去の辛い記録を見て、再び落ち込んでしまうことがあるかもしれません。そのような時は、当時の状況と現在の状況を比較し、ご自身がそこからどのように変化・成長してきたのかという視点を持つことが助けになります。また、必要であれば、一人で抱え込まず、信頼できるご家族や支援者と共有し、客観的な意見を聞くことも有効です。
実践上のポイントと注意点
回復過程の記録と振り返りをセルフケアの一環として取り入れるにあたって、いくつかのポイントがあります。
- 完璧を目指さないこと: 毎日書けなくても、特定の指標を記録し忘れても、「失敗した」と思わないことが大切です。書ける時に、書ける内容だけ記録すれば十分です。完璧主義にならないことが、継続の鍵です。
- 義務感になりすぎないこと: 「書かなければいけない」という義務感で取り組み始めると、それが新たなストレス源になることがあります。記録は、ご自身の回復を助けるためのツールです。もし負担に感じるようであれば、一時中断したり、方法をより簡易なものに変えたりするなど、柔軟に対応しましょう。
- ネガティブな記録に囚われすぎないこと: 記録には困難な時期の様子も含まれます。それを振り返ることで、辛い気持ちが再燃することがあるかもしれません。そのような場合は、ネガティブな側面にばかり注目するのではなく、そこから何を学んだのか、どのように乗り越えたのか、という視点を持つように心がけましょう。また、記録自体が負担になる、見ていて辛くなるという場合は、無理に続けず、支援者にご相談ください。
- 記録はあくまでツール: 記録そのものが目的ではなく、記録を通してご自身の回復過程を理解し、より主体的に回復に取り組むための一助とすることが目的です。
- 他者と比較しない: 回復のペースや過程は人それぞれ異なります。ご自身の記録を見る際に、他者と比較して落ち込む必要は全くありません。ご自身のペースで進んでいる、唯一無二の回復ジャーニーとして受け止めましょう。
継続のためのヒント
記録と振り返りの習慣を定着させるために、以下のような工夫が役立つことがあります。
- 記録する時間や場所を決める: 生活の中に組み込むことで、習慣化しやすくなります。
- 好きな文具を使う: お気に入りのノートやペンを使うことで、記録の時間が楽しみになるかもしれません。
- 小さな変化を見つけたら自分を褒める: 記録を見返してポジティブな変化に気づいたら、「よく頑張ったね」「すごいね」と自分自身に肯定的な言葉をかけましょう。
- 支援者と共有する: 精神科ソーシャルワーカーやカウンセラーなど、信頼できる支援者と記録を共有することで、客観的なフィードバックを得られたり、新たな気づきが得られたりすることがあります。
まとめ
回復期は、自身の心と体の変化を理解し、セルフケアの方法を深めていく大切な時間です。回復過程を記録し、定期的に振り返ることは、ご自身の回復ジャーニーを可視化し、小さな進歩に気づき、困難を乗り越える力を再認識するための有効なセルフケアとなり得ます。
この方法が、ご自身の回復をより深く理解し、主体的に回復に取り組むための一助となれば幸いです。ご自身のペースで、できることから始めてみてください。